珈琲とmilkのパーセンテージ

苦かったり甘かったりするので無機質の筆や箱で切り取ってみる。

レイルウェイ 運命の旅路

「文化が高いということは、その根底に人間尊重の精神が脈々と流れていることなのだ。」

「憎むことは、いずれやめなければならない。」

今の私はこの二つが気になりました。

この二文を抜き出したからと言ってこの二文が全てだというのは間違いなのだと思います。

よく名言というものがありますが

背景も、言った方の人柄も知らないのに

言葉だけ聞いてその言葉の表層しか理解していない状態で

ああ名言ですね、というのは私は好きではありません。

この作品の映画を先に見ました。

コリンファースさんが出演されていたので見に行きましたが、

原作のローマクスさんのイメージと映画のイメージが私は異なっています。

原作はもっと快活なイメージを持ちます。

最初の一章くらいは鉄道ファンでないと

結構読むのに辛いのではないでしょうか?

記憶を順序立てて話しているとはいえ

注釈のないような文章はいきなり受け入れるのは難しいです。

私は何度繰り返し読んでも一向に内容が頭に残らない部分が何か所もありました。

けれどもそこを経ることによりどの程度の“マニア”かというのが理解出来ます。

永瀬さんや日本兵が理解し難かったように

今でも“マニア”は理解されづらいのではないでしょうか?

と私は思う(笑)

南十字星」で見た

頭に残るのは名前と顔を知る日本兵だったというように

頭に残るのは実際に言葉を交わしていた通訳なのだと。

また、恨み憎しみで裁判にかけられる状況。

その状況を自国で調べること。

「トロイ戦争~」を見た時、

トロイの街に帰ってきた兵士は争いではなく平穏を求めた。

私は何かの物語を見ると

感情移入というよりその方向で物事を考えてみることが多いと思う。

だから正反対の側から書かれた物語だとしても

それぞれ共感(で合ってるか自信ないけど)してしまう。

複数の視点で見ることが出来るのはいいのかもしれないけれど

その為に結局答えは分からないまま放置してしまうことになる。

それがどうかとは言えないけれど良いのかな?とは思う。

映画を見た時、この物語をこの時間に収めるのは大変だったろうと思った。

原作を読むと映画の人物・ストーリーは様々なことを兼ねていてツギハギされていると分かった。

そもそも人一人の人生なのだから本にでさえ収まるわけがないな~とも思う。

映画だけでは終わってはいけない、とは思うのだけれど

なんとなくそれは強くは言えません。

何がきっかけだとしても本や映画を見ることで

とりあえず触れることになるなぁと思うからです。

出会ってもその時でない場合、響かないこともありますし。

触れもしないよりほんの少しでも触れた方が明らかに良いのだと思います。