今日ふっつーの講義(*゜ω゜*)
内容は四季についてだったんで楽しいんですけどねー
でもそうなんです、CATSの講義じゃなくて四季の講義。
1953年
・新劇ブーム
青年座(1954)
劇団四季(1953)
このように端から見ると沢山劇団が出来たんだなという印象。
だけど劇団四季は新劇批判。
「演劇の回復のために」という本の中で
人間<人間vs人間を越えたもの(運命など)
心理<行動
と浅利さんが言っている。
夢醒めが例として取り上げられる。
(この先生はどうやら下村さん大好きらしい…夢の配達人下村さん以外嫌とか言ってた)
あと1953年はテレビ放送が始まった年でもあり
ドラマに新劇の俳優が出ることによって
世間に新劇が広まったそう。
・エンタメ産業(東宝)によるミュージカルの導入
コミックオペラ
帝劇ミュージカルス
↓
東宝ミュージカルス
このミュージカルはお笑いの中で急に歌い出すような今のミュージカルとは全く違うもの。
1963年
・東宝
マイ・フェア・レディ(1963)
菊田一夫演出
海外から初めてミュージカルを輸入して日本語に訳して
さあやろうと思っても役者がいなかったという話。
↓
帝国劇場
1966 風と共に去りぬ
↓
スカーレット(1970)
1967 屋根の上のバイオリン弾き
1969 ラ・マンチャの男
正直東宝はさっぱりなので
よく分かりませんがこう書いてあった。
うん。
わかる方は「へぇ~」なのかなぁ?
・劇団四季
ニッセイ名作劇場(1964~)こども向けミュージカル
越路吹雪ロングリサイタル(1969-1980)
この子供に見せるなら台詞劇より音楽があった方がいいのは分かるけれど、
このニッセイ名作劇場がミュージカルは子供向けというイメージをつけたらしい。
1973年
・JCS
NY(1971)/LONDON(1972)
TOKYO
イエス・キリスト=スーパースター(1973)
JCSは音楽からミュージカルの形にされたから
ジャポネスク版は日本の独自のもの。
この話凄い熱く語ってて
劇団四季でひとつ選ぶならJCSのジャポネスク
とか言うから気になっちゃうよね~
うち観てないし。
んでまた下村さんが~って語りだしたんで省略(笑)
JCS映画になっててなんか古いバージョンの見せてもらった。
スーパースター。
アンサンブルの女性3人、マンマ・ミーアみたいな衣装
・菊田一夫の死
宝塚
↓
ミュージカル俳優の養成
の計画が終わった。
CATS以後
・コンピュータ管理によるチケット販売システム
・企業とのタイアップ
・専用劇場+ロングラン公演
新宿の一番最初のキャッツ・シアターは蛾みたいだったそう。
全ては思い出せないんですが
舞台の上を「はれの場」と言っていたのは確かにと。
劇場に入ると猫の世界が広がるキャッツ・シアターは特別な場所だと。
それは舞台芸術の原点ではないか といわれてました。
そうなのかもしれない。
今回四季だけ話してるわけじゃなかったから
イマイチ分からんの多かったー
けど分かってる人はいるんだよねぇ。
笑ってたもん。
もっと幅広く知ってりゃ楽しいんでしょうが
まだそこまで知らんうちはよく分かんなかったよ。
そのうちわかるかな~?
ああっ!!
新聞切り抜き沢山貰ったんですが
ミストさんいたんで載せまーす^^
474ステージ中300回出演された飯野おさみさん(38)