諸事情途中からになってしまったので一公演は観られなかったんですが手紙観てきました_〆(。。)
前回から時があいたからか、自分が経たものがあったのか刺さったり俯瞰だったりでべしょべしょに泣ける
それこそ前回観るまで犯罪者の家族のことを考えたことがなかったし、自分だったら避けてしまうだろうことも分かるし、そもそも考えると辛いから自分のために壁を作って観劇していたんだなと感じる。
観劇して心に作品を置いたことで今回までにゆっくりと受け入れられるようになっていたようです。
辛いと思っていることも、実は辛かったことも、理不尽なことも、許せないことも生きていれば当然あって咀嚼するのはとても難しい。
それはだからこそ演劇はあるのだなと感じる理由でもあります。
演劇以上に私がそれを感じるのは"天国、神様からの試練、天上に上る、誰かを愛することは神様のそばにいることだ"登場人物に共有されているものでも私には現実的な気持ちに戻る瞬間です。困難があった時に原因も解決策も(幸福も)それには見いだせないからです。
"繋がり"という癒しは分かりやすい。
人が人を裁いている、それはなにも法律だけではなくて周囲・社会が裁いている。この感覚は私には理解しやすい。
人と繋がりあうことは傷くことでもあり、同時に癒されることでもある。実感するところだと思います。
言葉が大きくなってしまうけどこのあたりに"日本の"ミュージカルを感じます。
持論ですが家族といても、友達といても、恋人といても誰もが皆、孤独だと思っています。孤独でない人はいなくて実際は常に孤独なのだと思う。
だからこそ"繋がり"は喜びで悲しみになるほど心揺さぶられるものなんじゃないかなと思ったりする。
確かなことが探せなかったので曖昧な記憶で呟くのだけど戦争時中(命の危険がある状態)哲学書を読んでいる人が多かったのではなかったっけ?剛志を見ていると前回も今回も思い出すものでした。
今回になって強く感じたのはこのミュージカル、直貴は生きていこうと常に考えてもがいている。そこがとても好きです。もちろん作品なのだから切り取っているのだろうけど。
自分の感覚によるものもあるかと思いますが今回1日1日の時の流れ、積み重ねていく日々のまろやかさを感じて人生だなと思いました。転機は大きなものですが、1日に出来ることはそう多くない感覚がリアルに思えます。
直貴の歌声に惚れ込んでる祐輔は人柄も含めて好ましく感じているんだなというのが胸に刺さりますね。
直貴が被っていた帽子をデビュー後、被って歌う祐輔なのにコンサートでは被っていない。直貴と歌うことを語らずとも大切にしている優しさは浸透しますね。熱い。
直貴を阻むものとして存在して立ちはだかっていた壁が最終的には繋がるために必要な壁になる。
第四の壁がこんなあたたかさを含むものだったとは思わなかったです。
孝文さんめちゃくちゃ嫌なやつと見えるように切り取ってると思うけどかなり人格者だよなぁと思います。決められた婚約者だとしても言うこと聞かない朝美を迎えに行ったり、頼まれたとはいえ朝美の願いを叶えようとしたり。どれも孝文さんからしたら結果が見えていたのだとしても懐深いと思う。
朝美が心預けていた人に裏切られたと感じて傷つくの分かるから辛くもあり、なぜ嘘をついていたのかを受け入れられない経験視野環境信念を思うと親切とお節介は紙一重だなとつまされます。
見逃したのかもですけど新星電気の振りというか見せ方が変わったんですよね?定点してた方が楽しみにしてた振りをされなくなってしまって少し寂しい~~
でも相変わらず謎美しくて見てしまう(笑)なんであんなに綺麗なの??
振りで言えば円になって取り囲んで紙掴み振り上げて跳んで振り下ろすみたいな精神的に追い詰められているのが分かる振付なんとなく松島さんぽいなという印象あったけど明確に理由はない。