珈琲とmilkのパーセンテージ

苦かったり甘かったりするので無機質の筆や箱で切り取ってみる。

ジーザス・クライスト=スーパースター-2024/03/24-

2024/03/24(日)マチネ千穐楽

自由劇場

 

キャストさん

ジーザス・クライスト 加藤 迪

イスカリオテのユダ 佐久間 仁

マグダラのマリア 江畑 晶慧

カヤパ(大司教) 高井 治

アンナス(カヤパの義父) 吉賀 陶馬ワイス

司祭1 正木 棟馬

司祭2 玉木 隆寛

司祭3 川原 信弘

シモン(使徒) 柴田 鴻洋

ペテロ(使徒) 大空 卓鵬

ピラト(ローマの総督) 山田 充人

ヘロデ王 劉 昌明 

【男性アンサンブル】
鈴木 貴雅 下平 尚輝 磯江 拓也
姜 大舜 佐々木 玲旺 木谷 光
鈴木 智之 横井 漱 瀬下 喬弘
佐橋 秀明 橋岡 未浪 平山 祥

【女性アンサンブル】
坂井 菜穂 黒田 果穂 小野 実咲季
高倉 恵美 安宅 小百合 廣本 則子
片倉 あかり 梅澤 紗耶 山田 志保
佐田 遥香 古森 麻由 立花 梨奈

あらすじ

この作品は、イエス・キリストジーザス・クライスト)が十字架にかけられるまでの最後の7日間を描いたミュージカルである。

今からおよそ2000年前、ローマ帝国領のパレスチナに一人の青年が現れた。

大工の息子ジーザスは、人々に新しい教えをとき、数々の奇跡を起こしているという。 圧政に苦しんでいた民衆たちは、たちまちジーザスの言葉に耳を傾けるようになり、彼こそ「救い主」「神の子」と讃える。

弟子の一人、イスカリオテのユダにとってジーザスは「神の子」ではなかった。
ジーザスを愛するユダには「全て御心のまま」という師の真意が理解できない。
マグダラのマリアもまたジーザスを愛していた。
彼女は、かげりの無い、純粋で献身的な愛をジーザスに注ぐ。
ジーザスが「ただの人」だと露見したとき、人々はそれを許すはずが無い。 彼らの怒りによってジーザスは押しつぶされてしまうだろう。 そう予感していたユダは、師ジーザスを裏切る決心をする。

「あなたを誰かが追い詰めるなら、私がやる」

弟子たちとの最後の食事でジーザスはこの中に裏切り者がいると指摘する。
動揺する弟子たちをよそに、ジーザスは独りゲッセマネの園で父なる神に問いかける。

「私はあなたの心が知りたい、この目であなたが見たい」

銀貨30枚と引き替えにユダは師の居場所を教え、ついにジーザスは捕らえられた。
支配者たちの間をたらい回しにされ、侮辱・嘲笑されながら抵抗しないジーザス。
いま、あまりにも無力に見える彼の姿に民衆は失望し、叫びつづける。

「彼を殺せ、十字架にかけろ」

ユダ、マリア、シモンやペテロといった弟子たち、ユダヤ教の司教、ローマ帝国総督、そして民衆。
人々の思いが交錯する中、ジーザスは十字架に向かって進んでゆく…。

ミュージカル『ジーザス・クライスト=スーパースター[エルサレム・バージョン]』作品紹介 | 劇団四季【公式サイト】 (shiki.jp)

 

ヨセフを観ても、ピラトを見ても夢は大切な意味を持っているんだなぁと思う。私自身が夢を覚えていないタイプなのであんまり夢の話聞いても実感ピンとこないよね。パン屋はヨセフによって夢とは違う未来が来た説を採用したい気持ちだけど、ピラトは夢のままなのか、復活のキーパーソンなのか複雑な未来しか待ち受けてない。何が力か。

繰り返し考える部分

基本何度観劇しようと同じこと考えます。考え直して答えを見たような気持ちになったり迷ったり繰り返しです。何度も観劇するのなんで?と定番の質問ですけど一度観て理解したと思えるならそれが一番いいんじゃないでしょうか?私がそういう人間じゃなかったというだけなので普通に羨ましいことこの上ない(笑)

個人的にはユダはマリアがしていること(癒す役割)を自分がしたかったわけではなくて、自分がその立場(癒しを与える女)になり得ないことを突きつけられて許せなかったように見える。

娼婦であるマリアは普段性的に見られ求められ消費される存在。私だったらそうだろうなという想像から思うのはジーザスはマリアを性的な目で見ることもなく、娼婦であることも気にとめず、一人の人間として向き合ったから安心出来たのだと思う。

ただマリアは過去の経験上、男から求められる表現しか持ち合わせていなかったからその中からジーザスに心を尽くしか出来なくて、ユダには女が与えられる快楽に見えたかもしれない。けれどマリアとしては見返りない心を尽くしたかっただけなんじゃないかと今回思いました。

「ありがとうマリア とても気持ちがいい 他の誰より私の心を知る者はお前」

ジーザスはマリアからの愛を受け止めるためにこの言葉を贈っているように思えました。

様々な人々から○○してください!と求められ消費されるジーザスが安心を得たい気持ちを吐露している、と思うことも出来るけど、今回は体感としてまずマリアへ向き合っているように見えたよね。

ユダ「崇めたとは こんな人を」

ジーザス「嘘は言うな」

私はずっと"私を崇めていただろう"の嘘は言うなだと思ってたんですが、"私を崇めたことなどなかっただろう(裏切るつもりだっただろう)"だと思ってたと聞いて🤔

苦しみも辛さもみな 葡萄酒で忘れて 私たちの美しい一日もやがて暮れていく

ジーザスは「そのワインは私の血潮」

使徒たち「苦しみも辛さも皆ぶどう酒で忘れて 私たちの美しい一日もやがて暮れていく」

苦しみも辛さも貴方の血・犠牲で忘れられます(=私たちのために死んでくださいbyホサナ)という意味もあるのか?と楽思えてしまった。

直前にジーザスは「そのワインは私の血潮」と言っているから自分自身の苦しみ辛さをジーザスの血で流して帳消しにするってこと?ゾワッとしてしまうものがあるよね。生贄や即身仏に対する気持ちと似ている。

人々の諍い*1は不変で消えずとも、病気や怪我などは医学と医療費従事者の方々によって救われている。犠牲を払ってもしくは酒で忘れずとも解決出来る苦しみや辛さもある。そう思うと不変である人々の諍いであっても解決出来ないことはない、と思える気がします。

私は説明下手だから添えておくとONE PIECEの空島・ジャヤでのカルガラとノーランドのお話が生贄と科学の進歩についてです。ああいうことを言いたい。

ユダはスーパースターで「昔のイスラエルにはテレビもないさ」と歌うけれどテレビ以外にも沢山のものや知識が生まれて解決出来ることもある、と考えますね。

ヘロデ

ナザレに近いベトレヘムの馬小屋で生まれたイエスは、星に導かれた東方の博士たちによって、「ユダヤの王」と祝福された。

この噂を聞いて不安に感じたのは、エルサレムにいたユダヤ人のヘロデ王であった。彼は、ベトレヘムとその付近の二歳以下の男の子を、ことごとく殺すように命じる。

パンフレット ジーザス・クライスト=スーパースターの背景 より

これを最初知った時、ハリー・ポッターってキリスト教圏のお話だったんだなぁということ。そういうの後からこうやって知っていくよね。

当時ローマ領であったパレスチナの政治体制は、かなり複雑なものであった。建前としては、ユダヤ人のヘロデ王が治政をつかさどっていることになってはいたが、実権を握っていたのは、ローマから任命されたローマ人の総督ピラトであり、さらに、ユダヤ人民を支配する絶対の権力として、ユダヤ教大司祭のカヤパの存在があった。この三者が対立し、妥協しあい、不思議な均衡を保っていたのである。

パンフレット ジーザス・クライスト=スーパースターの背景 より

「ヘロデに ヘロデにまかせる」後ろから物語を見ればピラトが判断下さずともヘロデの意思でどうなってもいいと考えたのかなと思うわけだけど、ヘロデ王にまかせるピラトなかなかやってんな~~と今日思って。

シモン

しかし民衆は、それぞれから課せられる重税と苦役とに、塗炭*2の苦しみを強いられていた。圧政、生活苦、そして教団の堕落。イエスの説く”愛”は、パレスチナの大地のように乾ききった人々の心を、慈雨の如くうるおし、満たしていった。

パンフレット ジーザス・クライスト=スーパースターの背景 より

シモンナンバーは安定の熱さ、最後の晩餐でもイエスのひとつひとつの言葉から使徒たちを指さしながらぐるりと見つめ疑わしいやつに掴みかかる血の気の多さがいい感じな柴田シモン。

音楽

とやかく言ってるだけで何も解決しませんので読まなくていいと思います。

アンナス「それじゃジーザス~」とマリア「ペテロ あの人は~」前のグリッサンドって何か印象付ける意図的なものあるのかな~と思って調べてたけど分からない🤷‍♀️

ただオリジナルBW盤のアンナスはスネアで楽器も定まってないの初めて知った。なんで日本はグリッサンドもしくはスライドなんだろう?

ベースのグリッサンドだと思うから適当に動画見たけどサロメグリッサンドに似てるのかも、と思うのは私がこれを演奏しているからそう思うだけです。グリッサンドで思い浮かぶものが少なすぎる💦

(505) 楽劇「サロメ」より 7つのヴェールの踊り/R.シュトラウス(森田一浩)/Dance of the Seven Veils from Salome (arr. Morita) YDAS-C07 - YouTube

「私はイエスが分からない」でマリアの歌唱の付近で支えるでも寄り添うでもなく自由に動く音がオーボエに聞こえるなぁと思って。私にはオーボエの音色は人間らしさを感じるのと、CATS2幕メモリーでグリザベラが登場した時のコールアングレが印象深かったのとでマリアでオーボエ使ってるのは意味があって?と思ったけど持ってる音源は別にオーボエじゃないから関係なさそう。

あと付け足しで「今宵安らかに」~「私はイエスが分からない」への移行のなだらかさの心地良さ、同時並行でマリアが気持ちを抱えている場面なのがパッと聞いて見て分かる秀逸さが転げまわるほど好きです。容赦なく移行していくのにちょっと待ってくれ~~~と思うけど、待たれたらこの心地良さはないと思うと苦しい。何度も味わいたい。

ヒッピー・ムーブメントとは、簡潔に言えば米サンフランシスコを起源とするカウンター・カルチャーであり、緩やかな社会変革運動のことである。

街角では爆音の音楽が流れ、LSDの効果で恍惚となりながら両手をあげて踊り狂う人々がいたりと、とにかく「何でもアリ」の自由な空気が満ち満ちていたのだ。

そこに集まっていたヒッピーの多くは、15~25才のアメリカ白人であり、ドレスコードエスニック風のビーズネックレスに、ヒゲにサンダルか裸足の男、ロングスカートやスモック、さらにヘッドバンドやアメリカ・インディアン風のファッション。ボディコンシャスな格好は皆無で、拘束感の少ないリラックスしたエスニック感がポイントとなった。

ヒッピー達にとって大事だったのは、このエスニックつまり「異文化感」だ。その理由は自分たちの属するアメリ中流文化に「ノー」を突きつけようとしていたからで、官僚や大企業など、進学競争や出世競争をしてきた自分の父親のような会社人間になることへの反対。それは戦後のアメリカが礼賛してきた物質主義や、中産階級的な道徳観や、規律などへのカウンターだったのだ。

ヒッピーは、当時、反戦運動公民権運動の旗手となった新左翼の大学生たちとは違い、政治変革は目指していなかった。むしろその本質はPower to the People。個人の手に力を取り戻し、自力で暮らしを建て直し、個人と個人のネットワークにより社会変革を目指すことが思想の根幹でありヒッピー・ムーブメントの本質だった。コミューン(共同生活)を通して、身のまわりから世界を変えることができると信じた人々がヒッピーだったのだ。

21th century 's hippie | Epokal エポカル

youtu.be

 

個人的に「裏切」前のギターソロがQUEEN LIVEで聞いた音みたいな空気を感じてブライアン・メイこれ弾いてくれないかな?などと思いましたがあれも時代の音なんだろうか?と書いたけどジミ・ヘンドリックスのが似てるかもしれない?もっと詳しく知りたいけど自分で気づけるほど才能がない(笑)

めっちゃ正直に言えばヒッピーに私は間に合ってないから何も分からない。残念ながら書かれてること鵜呑みにするくらいしか出来ません。でもシモンナンバーの「今 あなたを愛します」の語尾はスタッカートだけど英語で聞くとふわっと語尾伸ばされてる。気が抜ける感じになるんだけどあれが求めてた感じなのかな?あれはヒッピー的な何かですか?スタッカートシモンナンバーどこにありますか?音源欲しい…

らしさの記憶

本当に分かりやすく言えば市場「盗人の巣じゃないか」で進み出でるジーザスの力強さは記憶深いマンカス(GRC参照)で覚えがあるものでした。ただその力強さがあってなお力で解決しないところに優しさを見ます。

カテコ、再度皆を呼び寄せようと手を広げ後ろを向く仕草は何十回も見てきた仕草そのままで当たり前に迪さんの癖を覚えているだけ。なのだけどその手で指し示す範囲の広さは主役となっても映えるものなんだなぁと思うわけです。まぁキャッツは皆主役ですけども。

*1:いさかい

*2:とたん