珈琲とmilkのパーセンテージ

苦かったり甘かったりするので無機質の筆や箱で切り取ってみる。

ジーザス・クライスト=スーパースター-2023/06/24-

2023/06/24(土)マチネ

自由劇場

 

キャストさん

司祭1    佐藤 圭一
司祭2    内海 雅智
司祭3    真田 司
シモン(使徒)    本城 裕二
ペテロ(使徒)    辻 雄飛
ピラト(ローマの総督)    村 俊英
ヘロデ王    大森 瑞樹

【男性アンサンブル】
健心
安東 翼
大萬 昇太
木谷 光
劉 昌明
佐藤 幸治
平田 郁夫
鈴木 智之
横井 漱
長尾 哲平
葵野 貴元
鈴木 貴雅
平山 祥

【女性アンサンブル】
加藤 あゆ美
坂井 菜穂
菩提 行
小島 由夏
廣本 則子
辻 茜
小松 真美
濵嶋 紗穂里
立花 梨奈
森下 薫

【大八車】
磯江 拓也
香取 直矢
柴田 鴻洋
田野井 大登
西村 一輝
橋岡 未浪
別當 大地
眞柄 成寿
緑川 諒人
渡部 斗希也

STORY

今から約2000年前、ローマ帝国が支配するパレスチナ
圧政と退廃に苦しみ、救世主の到来を待ち望むユダヤの民の前に
彗星のごとく現れた一人の青年がいた。その名は「ジーザス」。

新しい教えを説くジーザスに人々は心を奪われ、彼こそ「神の子」と讃える。
熱狂的に崇拝される中、彼は、民衆の期待と自己の無力さとの狭間で苦悩する。
使徒のひとりであるユダは、ジーザスを慕い愛しながらも、
彼が「神の子」として祀り上げられているように感じ、不安に苛まれる。
一方、唯一ジーザスが心を通わせるマグダラのマリアは、
彼の苦悩を知りながら、慰める術を知らない。

それぞれの愛、扇動されやすい民衆の心、権力者の思惑。
苦悩の果てのユダの裏切りが、運命の大きな渦に呑まれ、
抗えない力となって歴史の波を動かして行く。
そして、ジーザスは運命の十字架へ……。

youtu.be

ミュージカル『ジーザス・クライスト=スーパースター』[ジャポネスク・バージョン]作品紹介 | 劇団四季【公式サイト】 (shiki.jp)

劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター』〈ジャポネスク・バージョン〉上演中 A・ロイド=ウェバー&ティム・ライス作品 | シアターテイメントNEWS (theatertainment.jp)

 

今回70周年記念公演つまり初演から50年経っている作品なんだけど今観てもこんな尖ったものあるだろうか?いやないだろう!になる🤔
鐘とは違った方向でのめり込む=リピーター演目だから売り切れる理由も分かりつつ、万人受けでは決してないこの作品が先行1時間で売切という客層の濃さたるや。
初演はもっと大きな劇場だったと昨日の公演を観ても感じて大きくても余白が映えるだろう作品を自由劇場でやる。もっと大きな劇場でもきっと売れてしまうだろうに自由劇場でやる。自由劇場はきっと四季のこだわりなんだろうなと私は思って。
自由劇場で歌声をがつんと浴びるような体験はいつ味わっても頭で考えるより心が震えてただただ感動します🙏踊りにしてもどの席からも見やすく迫ってくるような民衆(群衆)を感じられるのは視界いっぱいの贅沢✨

 

ジーザスの人気を危惧するカヤパたちがジーザスに集う人々を見ている場面。
危惧するカヤパたちから民衆とジーザスに白舞台にいる人々が変わり、カヤパたちは下手側の黒床に降りて光景を眺めている。距離もリアルさもないけれどはっきり意味が飛び込んでくる。その明快さが好き。

 

大八車はセットする際にわりと音がする。私はそれが"今この場で白子さんたちによって作られている舞台"なんだと感じて好きです。舞台は今この時を感じるから良いし、この劇場に限らずこの演出は再現可能なのだと思えるの愛せる。

 

演出でどうにかなるだろうと期待しているから舞台で直接的に血が出る作品はNot For Meなんですが歌舞伎はなんでか平気。ジャポでも洗い清めたはずのピラトの手が赤く罪の色に染まっているのは見られる。むしろ好きな演出。意味に特化した光景だからなのかなぁ。
でも昨日はジーザスの服が民衆によって裂かれて剥がされて十字架にかけられる姿になるのを見ていたらピラトの手は既に血に染まってた( ´△`)どっちかしか見られないの惜しい

 

大森さん群舞センターなんですね!見ざるを得ない~~勿論知ってたんですが改めてやっぱり好きになりがちなダンサーさんど真ん中すぎる~~

物語も追ってはいるのだけどセンターでリフトまでして…!大森さんなら分かるのだけどヘロデがここまでダンサー枠ではないのでは?と思うんだけど私には比較出来ない何がこんなに刺さってるかよく分からなくとも群衆の大森さん格好良すぎた!大八車上でゆらゆら揺れてるのもいい~~

センターでバッと身体を伸ばした光景の美しさとインパクト…!あまりにも動きが心に刺さって表情は覚えていないんですが力強い印象が押し出されるわけではないけど群舞としての力強さが増すといいますか😭大森さんの緩急の動きが好みすぎる~~ほんと綺麗格好いい

萩原ボビーでも思ったけど自分自身の身体が一番魅力的に見える角度、使い方、見せ方などそういうのをよくご存知なダンサーさんは心奪われる。ああ私は今日観られて幸せだなという満たされがすごくてほんと最高!

下村ヘロデと同じ衣装でも(先入観含みますが)大森ヘロデは「矢の根」みたいな背中の結びが強調されるように感じて位の高さだけでなく実際に力でもひれ伏す相手なのだと直感しました!

"何をしても逆らえない"の感覚が実力も入るの新しくていいなぁと😂
歌い方しなだれても印象が艶やかにならないのとても絶妙なとこに立ってらっしゃるんだなと。

みんな思うんだろうけど細い紐くるくる回すのも、海を歩くジェスチャーもタガーで見た!と思うやつ😂

 

神永さんお好きなら是非他の役も拝見していただきたいです!ジーザスとタガーは全然違いますからぜひぜひ~と話しながらジーザスも、ユダも、ヘロデもタガーって不思議だなぁと思ったとこ🤔個人的には実現可能性考えてクリストフ・ララバイ聞いていただきたいなぁと友達には推したいところだけれども!

 

ピラトがジーザスに言う「塩垂れた」がいいなと思って。なかなか聞かないけどピラトがジーザスをどう思ってるのかニュアンス含めて伝わるような気がする。
「すべて思うようにゆくでしょう」と歌っていたマリアが歌う「堕落させようか」
今まで求められてきたのかこの人は人を堕落させられるのだとこの一言で分かる。でも今までの人との向き合い方を愛してるからジーザスにはしないと端的に感じるきっかけの「堕落させようか」何度聞いても好き。


ユダの隈取りに私が納得いかず、観ても納得いかず、裏切りがジーザスにとって必要なことでユダが行う=愛だと過去イベレポ見てまた考えて。言っていることは分かっても目の前で苦しんでユダが裏切る姿を見ているからそれが愛だと認めがたい気持ちが言葉にすると納得いかないなんだなと今は思う。

あくまで私が勇気と思ったまでではあるんですが裏切りしたことが勇気だなんて…!と嘆く気持ちになります。ただジーザスのためというのは痛いほど伝わってくるから背負った役割のしんどさが苦しい~

役柄と化粧|隈取|はじめての歌舞伎

 

市場でやってみたいのは獅子舞。かわいいから。

 

磔刑の場面見ててONE PIECEのトの康、最期がジャポじゃない?ってやっぱ思う。たまたまなんかな?ヴィンスモーク家のコゼットや革命軍のベロ・ベティからレミゼはお好きなんだろうなと思うのだけど。

 

演出・演技の特徴
能舞台は普通の演劇の舞台に比べ奥行きが深く、舞台が客席に向かってせり出すように開放されており、本舞台と幕を結ぶ「橋掛」が付いているのが特徴である。橋掛は人物の登・退場の通路というだけでなく現実の世界とあの世をつなぐ橋にもなり、また、舞台に立体感を与える役割も果たしている。能の演技や演出は、こうした特殊な空間で演じることを前提に磨かれてきた。

能の基礎知識

 

初見がスンラユダだったからか佐久間ユダ見るとジーザスだけじゃなくてユダも普通の人だと毎度感じる。真摯にジーザスのことを思って危惧してるのをシンプルに感じられるから?

劇団四季 ジーザス・クライスト=スーパースター :: ユダ篇 - YouTube

彼らの心は天国に :: ジャポネスク :: 劇団四季 ジーザス - YouTube

 

去年コロナ禍で舞台がストップしてる間に病は全ての人にとって等しく恐怖をもたらすのだなと感じてJCSのジーザスにすがる民衆を思い出しました。今まではSNSでの情報拡散について思うところがあったけれどコロナ禍でさらに怖さを感じたから作品が響くだろうなと思ってます。
JCSコン、今も昔も病は人間が恐れて不安にさせるものと思いながら見たんですが何かしらにすがりたいと思う気持ちは同じなんだろうな。
ディラモンド先生ではないけど共通の敵がいると人々はまとまりやすい(スケープゴート)のを崇めていたはずの民衆が罪のないジーザスを「十字架に!」と叫ぶ怖さで毎度感じて我が身を省みる。私も石は投げられませんので。

 

個人的に四季のは最後この後どうなったのか観客に委ねられてると思う。(映像などで見る海外のはカテコで復活してるように感じる)

「聖書の通りと思うの」

その通りなのか、違うのか受け取り手の自由なんだなぁと毎度思う。

 

そして6月19日(金)~7月6日(金)、いよいよ正式な杮落とし、いわゆるオープニング記念公演となる。それが、ロック・オペラ「イエス・キリスト・スーパースター」日本初演だった(「ジーザス・クライスト・スーパースター」の当時の邦題。以下「JCS」と略す)。日本ゼネラルアーツ(浅利慶太(2018年没)が設立した舞台製作会社)と、劇団四季との提携公演だった。

「商店街のあちこちにポスターが貼られていました。演奏は若杉弘指揮/東京交響楽団二期会のオペラ歌手、島田祐子も出演するらしい。サンプラザはN響ではじまり、今度は東京交響楽団。しかもロック“オペラ”。これでてっきり、クラシック中心のホールになるようなイメージを持ってしまったんです」

 当時、若杉弘(2009年没)は若手のホープで、読売日本交響楽団の常任指揮者だった。

 さっそく森重さんは、この「JCS」公演に行った。チケットはC席1500円~S席3000円だった。当時、映画ロードショーの料金が550円だったので、これをもとに比較すると、現在だとC席5000円~S席10000円前後か。もちろん森重さんはC席で、2階後方だったという。

「私も、その後、いろんな舞台や演奏会を観てきましたが、これほど驚いたものはありません。とんでもないものを見せられたと思いました。正直なところ、何が何だかわからなかったのです。キリストの最後を激しいロック音楽で描いているのですが、こっちは中3のガキで、こういうモノを見慣れていない。また、クリスチャンでもないから、キリストの生涯なんて全然知りません」

 だが、舞台上のヴィジュアルは強烈だった。

「男性は上半身裸で白いジーンズ姿、歌舞伎のような隈取りメイクをしていました。舞台上には急斜面の台座みたいなものがあるだけで、壁などはほとんどがむき出し。若杉弘と東京交響楽団がどこにいるのかも、よくわかりませんでした。群衆が大八車を動かしながら踊っている。当時はワイヤレス・マイクなんてなかったから、役者はコード付きのマイクで歌っていました」

 どうやら、あまりに最先端で、中3の少年には刺激が強すぎたようだ。

「でも、ラストでキリストがムチで打たれ、磔(はりつけ)になる哀れさだけは、もう勘弁してくれといいたくなるほど強く伝わってきました。こんな舞台を、家から見えるあの建物内で毎晩やっているのかと思うと、いまでいうトラウマ寸前でした」

 この初演について、美術監督金森馨(1980年没)が、「話の特集」1973年9月号に、メイキング・レポート「大八車のイエス・キリスト」を寄稿している。それによれば、サンプラザのステージは“破壊”寸前だったようだ。

中野サンプラザ・ホールは(略)劇場ではない。多目的のコンサート・ホールであり若者向けの集会場である。どんな所であれ、新しい場所というものはそれ自体、興味をそそるものだ。それがもし素材として有能であるとすれば、こんなに願ったりかなったりの事はない」

 そこで、舞台上に「6畳間一部屋位の大きさの大八車」を「3台」登場させることになった。ところが、

「前後左右に可動出来、なおかつ傾斜の機能を持ち、斜面を固定出来、10数名の演技 者が乗って踊るには、かなりの鉄骨でつくらなければならず、その全体の重量たるや、サンプラザ・ホールの床を破壊してしまうという」

 仕方ないので、寸法を小さくして3台を5台にし、車輪のほかにキャスターを付けるなどして、なんとか床の破壊は免れた。そのほか、天井の球体スピーカーや、照明器具、ステージの壁など、ほとんどそのまま生かすことになった。

「オーケストラはメインステージの下、つまり舞台におおいかぶされた地下である。(略)殆ど、ホールの素材をそのまま使用し、出来るだけ装飾性のないものとした。出来るだけナマな空間がこの作品の体質にマッチすると考えたからである」

かくして「JCS」日本初演は、サンプラザのステージを、ほぼそのまま生かした異例のヴィジュアルとなった。出演は、イエス鹿賀丈史、ユダ:飯野おさみ、マリア:島田祐子(二期会)、ヘロデ王市村正親、アンナス:もんたよしのり、シモン:ピートマックJr.(のちに「ルパン三世のテーマ」を歌う/2009年没)……。

 このほか、群衆のなかに、劇団四季に入団直後の久野秀子がいた。のちに『キャッツ』などで日本を代表するミュージカル女優となる、久野綾希子(2022年没)である。

 演出は浅利慶太。演出補は出口典雄(2020年没)。出口は、このあと、劇団シェイクスピア・シアターを立ち上げ、世界初、「1人の演出家によるシェイクスピア全37作品の演出・上演」を達成することになる。それは「JCS」にどこか通じる、「装飾性のない」「ジーンズ姿」のシェイクスピアだった。

 指揮の若杉弘は、このあと、ドイツに活動の軸を移し、ドレスデン国立歌劇場などで活躍、オペラの巨匠となっていく。

「JCS」は劇団四季の重要レパートリーとなり、これ以降、同劇団は、作曲者A.L.ウェバーの作品「キャッツ」「エビータ」「オペラ座の怪人」などを次々と日本初演するのである。

 そしてサンプラザは、オリジナルのロック・オペラを主催公演で生み出すようになる。「ハムレット」(桑名正博)、「イダマンテ」(近藤真彦)などは何度か再演された。サンプラザは〈ロック・オペラの殿堂〉でもあったのだ。

「〈クラシックの殿堂〉になると思い込んでいたのは、たしかに若気の至りでした。でもサンプラザの『JCS』日本初演は、日本のエンタテインメント新時代を切り開いたような気がします」(森重さん)

「中野サンプラザ」本日閉館 50年前、オープニング記念公演に行った男性の証言「あれほど驚いた演奏会はありません」(抜粋) | デイリー新潮 (dailyshincho.jp)